沿革

沿革

沿革

コープおおさか病院は、うえに病院の歴史を引き継ぎ建設されました。

うえに病院は、1949年4月大阪市(旧)南区北桃谷に地域の住民、働く人たちの手によって建設された上二診療所を基とし、翌1950年に38床の上二病院として誕生しました。

上二病院は地域住民の健康を守るため、日常診療だけでなく、災害救援、労働者の闘いの支援、小児の健康を守るためのポリオ生ワクチン輸入運動、労働職業病の取り組み等、様々な運動を行ってきました。同時に西日本の民主的医療機関の建設、維持に多くの人材を派遣し貢献してきました。この間病床数は87床と増床されました。

 1970年3月に地域住民、団体に加え、大阪府下全域から「地域住民、府民のための民主的な病院を!」という期待が高まり、広く建設協力資金も集められ、中央区上町に新築移転し111床の病院として再出発しました。1978年12月の第2期工事を経て、1989年4月には名称を「上二病院」から「うえに病院」に変更しました。

2000年4月にうえに病院の設立主体である大阪中央医療生活協同組合と城東鶴見保健生活協同組合、生野医療生活協同組合、旭医療生活協同組合が合併し「生活協同組合ヘルスコープおおさか」が誕生し、合併最初の最大の事業として、老朽化がすすむうえに病院を移転し、現在の地、鶴見区にコープおおさか病院を建設することを最大の目標として取り組みを強めてきました。

コープおおさか病院は、7万人の組合員の熱い思いと力を結集して、2002年12月1日、166床の病院として開設するに至りました。

「上二病院」の頃
「上二病院」の頃
移転する前
移転する前